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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の125件の投稿

2018年6月 1日 (金)

日大アメフト部の社会的問題の根源は

久しぶりのブログ題材にしては荷が重いかもしれないがそれにしても日本を代表する私学の雄が今回のアメフトラフプレーでこの有り様では情けない。
おこした事、起きた事は無しにはならないので仕方がない。要はその後の対応が最も重要でまさに危機管理能力が問われるところである。
日大には危機管理部なる専門学部が有ってそう言う人材を育てる数少ない教育機関も有している。にもかかわらずこの有り様にはあきれるしかない。
おそらく日大の危機管理部に来年受験する学生は大幅に減るだろう。

話はさておき今回の日大の問題はどうしてこんなに世間やワイドショーの標的になっているのかを考えると初期対応が大きく間違った事に尽きる。
当事者である日大や監督コーチは
①世間をなめていた。自分たちはアメフトで日本一になったチームだしまさかここまで追及されるとは思っても見なかった。
②自校の生徒が内情を暴露するとは考えていなかった。
③監督コーチの記者会見をとんでもない上から目線の高圧的な仏頂面の広報に担当させた事。当事者が日大のブランドは落ちないと発言して世間の反感をより一層買ってしまった。この広報担当はマスコミ出身者らしいが記者会見をこの人物に仕切らせた事が火に油をそそいでしまった。
④日大の最高責任者がいつまで経っても表に出てこない。出て来るのはほとんど権限の無い下の者ばかり。テレビに流れるのはおよそ教育者とは程遠い人相の写真ばかりである。この理事長なる人物は学校の最高責任者にして割烹料理屋を経営し日々趣味のパチンコ通い、事件のあった当日の夜もパチンコ屋にいたと言うからあきれるしかない。
⑤全てが後手後手でダンマリを決め込もうと言う姿勢があり有り。おそらく事が起きた場合の危機管理マニフェストが無いのであろう。
こんな状態だから鎮まる気配がまるでない。

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2018年5月20日 (日)

体が三つ欲しいと最近特に思う思うが😅

現役を引退したらのんびり好きな事して暮らそうかと思っていたがとんでもない事になってしまった。😅・・・むしろ現役の時よりはるかに忙しい。😲
親父が95を超したので百姓を継いで米や野菜を作りながら好きな事して年に一、二度はハワイやバリ島にでも行って浮世離れした生活しながら暮らそうと思っていたが😲

2016年8月26日 (金)

埼玉河川敷事件にみる矛盾と本音

またまた少年による極悪非道な事件。中学生や少年グループが仲間を生き埋めにして溺死させるなんて大人でも言葉を失う。
とんでもない少年グループがいたものだ。亡くなった少年も仲間だったらしいが報道を見ていると父親が良い子だったのにどうしてこんな事になったのかと非常に悔やんでいたのがまたまた印象に残った。
以前の川崎の事件もそうだけどこの手の事件が有るとマスコミや世間は被害者を良い子と言う部類に分類し被害者の親に同情する。。確かに加害者は極悪非道で言語道断、許せるものではない。

しかし冷静に考えてみると、あっちこっちに矛盾を感じるのは小生だけではないと思う。まず被害者はどうしてこんなグループに入っていたのか?同世代の普通の子は大部分が高校で勉強し大学を目指したり社会に出て自分の目標に近づくために何らかの形で努力しているはずである。少なくとも保護者は自分の子供を危険から守る義務が有る。こんなグループに入るとろくな事にならないのは誰の目にも明らかだと思う。保護者は自分の子供に無関心又は放任が遠因になっていないだろうか?マスコミは決してこんな事を言わないのはどうしてだろうか?やはり本音を言わないと世の中良くならない。
昔の人は良い事を言ったものだ"君子危うきに近寄らず"

2016年3月10日 (木)

最近の芸能界の不倫報道にはばかばかしくてあきれる。

それにしてもマスコミ報道は程度が低すぎるというか、それを興味深々と聞き耳をたてる国民も馬鹿と言うか呆れるばかりである。
特に芸能界の不倫報道が目に余る。その渦中の女性が堂々と恥も外聞もなくテレビや雑誌のインタビューに登場して売名行為で男との痴態を一部始終話しする。
ここぞとばかりに売れていない全く顔も名前も知らない芸能人がワイドショーに出てくる。
真にゲスの極みと言いたい。

こんな女と不倫して何が楽しかったのか聞いてみたいきがする。つまりそんな女と不倫した男は浮び上れないくらい男を下げているのに気が付いているのだろうか?
落語家の桂文枝なんか70歳のいい歳をして顔を見ただけで気持ち悪くてへどが出る。
HKT48の指原莉乃(23才)のような若い子からも呆れられていたが詫びればいいと言うようなものでもない。
しょせん偉そうに評論していたが自分のパートナーの教育すら出来ないダメ人間だったと言う事である。
これから奥さんに”離婚”されて寂しい独居老人で暮らすしか無さそうである。
自業自得か?・・・可哀そう(笑)

他人のふり見て我がふり直せのことわざも有るので小生も人生を振り返って見たが一点の曇りもなさそうである。(少し自信がないが・・・)
小生の経験(あくまで人生経験)から言える事は女房であろうが浮気相手だろうがパートナーは絶対に自分より賢い人間を選ぶ事である。そうすると決して後悔するような過ちは起こらない。ただしお金がかかるかもしれない(笑)。

2015年6月26日 (金)

故郷の山河に変わりなし!・・・さて第三の人生は何を始めようか?

小生、先日第二の人生に取りあえず区切りをつけて再び故郷の地を踏むことが出来た。青々とした空を突き抜ける鶴見岳、由布岳の素晴らしい景色も昔のままである。
木々が織りなす緑のじゅうたんもこれまた目に潤いを与えてくれる。何十年経っても変わらない自然の何と素晴らしい事か。
ただ集落だけは50年の歳月が人々の年輪を刻んで大きく変化している。老いは人の世の常では有るが自然との格差が余りにも大きい気がしてならない。

さて第三の人生をこれからどう創ろうか思案のしどころである。

2014年8月 3日 (日)

佐世保の同級生殺人事件!おかしな事だらけの今の世の中

ま~むごい話もあったもんだね。佐世保市教育委員会の話もちょっと違うんじゃないの?と思えて仕方がない。
10年前の佐世保小六女児殺人事件も凄惨な事件でよく子供が、こんな事ができるもんだと身震いした事を思い出した。

佐世保教育委員会はこの10年に”学校で命の大切さを教えてきた”と説明したがはっきり言っておかしな話だと思う。・・・学校で命の大切さを教えないとわからないようでは”時すでに遅し!”である。
学校に入る時にはすでに人間、人としての基本的な事は身に着けていなければならないのではないでしょうか?その役割は家庭でやらなければならない事だと思う。
それをあたかも学校でやるかのような発言が問題だと思う。

人としての基本的なものを身に着けなければならない年齢は3歳までと言われている。
動物は3ヶ月で生きるすべてを母親からから教わる。命の大切さはもちろん仲間との共存もこの時期に身につくのである。
言い換えれば命の大切さなど人間としての基本は改めて教えなくても、愛情豊かに育てれば自然に身につくものである。
加害者の女子高生の家庭は士業の家庭で母親も東大卒のエリート家庭らしいがお金や学歴だけでは子供はまともに育たない教訓のような気がする。
最近の日本は家庭も学校も何かおかしい?
この子の親の世代までさかのぼってその社会の問題点を洗い出さないと真の原因がわからないのかも知れない。

2014年1月 5日 (日)

自作ソーラー発電完成で我が家もECOの時流に

我が豪邸?にはそれに見合った広大??な庭があり何とガーデンライトが22個設置されている。そのほか門柱灯やセキュリティー用の監視カメラを含めると30を越す電気器具が屋外で夜間使用されておりその電力量は400W/h以上になる。
一晩では4000w程度にもなりECOの時代に何とももったいない話である。

夜間の点灯を止めれば良い話だが何せ広大?な庭を管理しなければならないので保安上問題が残る。
そこで考えたのがこの電力を最近流行りの自家発電でまかなう案である。
小生、元々は電気技術者で物作りのエンジニアでもあるので自作には多少の自信が有った。
従って使わない素材を集めてお金をかけずに手作りのソーラー発電でまかなうことにした。

ソーラーパネルは最近国産や中国産がひしめき合っており1枚200w、2万円程度で調達できるのでこれを2枚使用することにした。あと必要なものは蓄電池とインバーター、それに充電をコントロールするチャージコントローラーが有ればほぼ完ぺきである。
これをNETで仕入れたり物置に転がっている部品を集めて組み立てたがさすがに、このままで400wは無理である。

ソーラーパネルや蓄電池を増やせばコスト高となり何のためのECOかわからなくなる。
そこで使用照明機器をLEDに変えてみたら400Wが170W程度に収まった。
これで回路を組んで試すことにした。
回路は蓄電効率とソーラー発電効率のバランスを考えて24V系で組むことにした。

      部材はソーラーパネル200w/h-36V使用2枚(400W/h)
   パネル固定架台(廃品で捨てる物干し竿SUS製3.6m×2本  鉄くずの□材2m)
      仕上げ塗装用スプレー缶艶消し黒
   チャージコントロラー30A仕様
     蓄電池は密閉型鉛バッテリー12V/100A×2台(直列24V)
      商用周波数変換コンバーター(自宅車庫に有った古い12V-100V/150w) 2台
   24V/12Vダウントランス1台(ネットで格安入手)

車庫にこの機材を元にミニ発電所を建設した。
取りあえず当日夜間に点灯試験をしたかったのでソーラーパネルと蓄電池を仮配線で接続し蓄電池に充電しながら作業を開始した。
作業時間は以下の通り

   機材設置・固定 電源棚取付        2時間
   回路配線工事 チャージ用配線      1時間
   ソーラパネル設置工事・角度調整     2時間
   屋外・屋根配線引き込み工事         1時間
   配線チェック・チャージコントローラ試験   1時間
      お茶タイム                    1時間
                        合計  8時間
冬空の寒風の中1人で8時間は非常に厳しかったが何とか夕日が出ているうちに無事に完成した。配線完了したチャージコントローラーの表示パネルを見ると充電/蓄電共にグリーンのインジケーターが点灯しており正常を示していた。
この時のソーラーパネル電圧をテスターで計ってみたら夕刻にもかかわらず42Vで有る事にビックリ!最近のソーラーパネルの性能には驚いた。

あたりがすっかり暗くなるといよいよ点灯試験開始である。
チャージコントローラーは充電インジケータが消えて蓄電グリーン、負荷送電オレンジが点灯しコンバータに給電開始している事を示していた。
早速コンバータのスイッチをONしてみたがコンバーターの異常リミッターが作動して100Vの送電を開始しない。
コンバータの負荷容量がぎりぎりのため瞬時に全負荷ではやはり突入電流オーバーでリミッターが動作するのは当たり前の事である。(点灯を急ぐあまりミスった・・・はずかしい)

今度は負荷を半分ずつかけて点灯する事にした。まず最初に無負荷でコンバータの電源スイッチをONにした。
無事コンバータが動作し100v出力開始グリーンの正常インジケータ点灯。

ガーデンライトを半分ずつ点灯したら難なくすべてのライトが点灯した。最後に夜間監視カメラと非常灯のスイッチをONにしたらこれも無事に作動開始し全て完了である。

後は一日の蓄電容量で一晩の電力を本当にまかなえるかどうかの確認を残すのみである。

2013年10月20日 (日)

新郎の”恩人”で紹介されるとは・・・恐縮の限り

仙人生活も10年余り・・・あっという間に過ぎた気がする。
人には必ず出会いがありその出会う人によって運命を左右されることが多い。いくら自己の意思が強くても必ず何らかの影響を受けるものである。それが人との出会いと言うものであり運命とでも言えるものである。

小生が第二の人生で最初に出会ったのが23歳の若者である。自分の子供よりはるかに若いこの青年との出会いが少なからず影響を受けた気がする。
純朴であり仕事熱心、物事から逃避しないし全力で取り組む姿勢は人生をほぼ終えた自分の心に新たな火をつけてくれたのは確かである。

この青年と全く新しい世界ですべてをリセットして仕事が出来た自分は幸運だったと思う。
黒いレクサスの後部座席で日経新聞を読むよりもこの青年と技術論を展開してニーズを形にする方が小生には性に合っていたのかもしれない。
当然彼の周りは若者ばかり。その中に混じって若いエネルギーを浴びる事が出来るのは二重の喜びである。

そんな彼が先日まさかの結婚をした。実に感慨深いものがあったが披露宴の紹介で”新郎恩人”と紹介されたのには恐縮の限りである。
小生の恩人こそが彼である。
幸多かれと願いながら久しぶりの六本木を後にした。

2013年8月12日 (月)

気温40度!・・・ここは中近東バーレーンか?

午後13時30分
今から戦場である現場へ向かわなくてはならない。キャンプハウスから現場まで約300mの距離だが何と外の気温は39.6度湿度100%を示している。信じられない。
しかし戦場の中は気温22度湿度40%で快適環境である。その落差でめまいがする。
ここは日本、栃木県鬼怒川温泉添いのとある工業団地内である。

夏休みはもちろん土日も無くアベノミクスの追い風に煽られて日本経済の再生へ向けて奮闘している小生は果たして勝ち組か負け組か?その判断は外野席に任せるとしよう。
いざ!戦場へ・・・・・”ご安全に”

                 (影の声・・・なぜか忙しくてブログ更新は月一が限界?
                       ・・池ちゃん早く帯広のトウモロコシ送ってくれよ。)

2013年7月 6日 (土)

文春の”やりすぎ”にはもはや報道機関の資格無し!

安藤美姫選手の出産が世間を騒がせているがその報道には目を疑いたくものがある。先ごろ行われていた週間文春のネットアンケートと言うのがそれである。
安藤選手の出産を支持するかしないか、また選手を続けるべきかどうかを世間に問うたものである。この行為は誠におかしい。

あたかも安藤選手の出産が間違っていると言うような印象を与えたり、またフィギア選手を続ける事を批判しているような印象を国民や読者に与えており誠に不快である。

そもそもこの話は安藤選手個人の生き方や考え方でありプライバシーそのものである。報道機関は報道の自由を与えられているがその前に人は他人に迷惑をかけない限り法に違反しない限り憲法で自由を保証されている。これが社会生活の基本であることは国民すべてが知っている事である。
文春は安藤選手と生まれてきたその子のプライバシーを大きく侵害しており報道機関として憲法違反に抵触している。
安藤選手に深く謝罪しなければいけない。

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