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2011年6月23日 (木)

世間には物事の常識と非常識がある。限度を越すと非常識!

物事には常識と非常識が存在するがそれは必ずしも法的な線引き通りで正しいとは言えない。例えば交通法規がそれである。法律はその趣旨を理解しなければ全く目的を達成しないし国民の自由と財産を守る憲法の基本にそぐわない。

交通法規に速度規制があるのは皆知っていることである。違反件数も一番多いし、重大事故件数も圧倒的に多い。速度違反が無ければ死傷者数も大幅に減るのも事実である。ところがこの速度違反が実態にそぐわない事例も数多く有る。

先日、名古屋市営バスが田舎の田んぼ道を時速55~56km/hで走行していた所、取締り中の県警に速度超過で検挙され運転手は違反切符を切られたとニュースで報じられていた。確かに40kmの所を55kmだから15kmの違反は間違いない。

しかし速度違反は日本全国1日数千件にのぼる数発生している。それがなぜニュースになるか考えて見ると、普通と違うからである。ここでどちらが常識でどちらが非常識か考えると今の日本の行政感覚が見えてくる。

この道路は見通しもよく道幅も十分で人も車もなかった。いかにも速度を出しそうな道路であった。だから警察はここで速度違反を取り締まるべく潜んでいたのである。そこへ通りかかったのがこのバスである。当時バスには1人乗客がいたらしい。

運転手はこの違反を深くわびて自分の気の緩みを市役所を通じて発表している。市営バスだから管理は市役所である。運転手は違反のレッテルを貼られ当面減給の処分か何かうけて冷や飯を食わされるに違いない。

ここでタイトルの議題に戻るがこの警察が検挙した行為は法律に基づいて行われた正しい行為である。しかし現実を見てみると本当に正しい行為なのかという疑問が残る。

同じような場所を実際に時速40kmで走ってみた。あっという間に車が数珠つなぎとなって後ろからクラクションを鳴らされたがそれでも40kmで走り続けたら100m以上の渋滞となった。

真裏の車が追い越し禁止にもかかわらず、私の車を追い越して行った。この行為は危険そのものである。信号で停車したら右折斜線に入ってきた車に険しい顔つきで睨まれてしまった。睨む気持ちは良くわかる。

このように法律は守るのが国民の義務であり常識である。しかし大多数が守れない又は守る事によって国民の利益を害する事は非常識と言える。

ここで本題に帰ってバスの運転手と警官の常識、非常識を考えるとどのような結果になるでしょうか?取締りの警官の裁量が一切認められていない法律に問題が有る気がする。見通しの良い人も車もいない明らかに安全な道路は20km以下の速度超過は安全な常識の範囲と言えないでしょうか。これが市街地の通学路ならむしろ40kmでも危険な気がする。30km程度で走行する方がむしろ常識として安全ではないでしょうか。

このように状況で著しく変化する事象を法律で一抱えにするのは禍根を残す事が多い。法も庶民生活にそぐう運用が大事だと思う。

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